2019年1月10日木曜日

オレの中の「誰か」と不連続存在

私は私。

オレはオレ。

僕は僕。

そんな当たり前のこと。

その「当たり前」が、
最近私の中で疑問点になってきている。

私達が信じている、自分らしさ、
自分の生まれ持った才能、
自分の歴史、記憶、価値観、

そういったものが
本当にあるのか、

少し「アヤシイ」と私は踏んでいる。

時々「誰か」が私の中にいる気がして、
ならない。

妙なスピリチュアルちっくな話に
なってしまって申し訳ない。

が、

とりあえずそんな気分がするのだ。

少なくとも私の身体は、
私の身体を作り出す細胞の一つ一つは、
ずっと生まれた瞬間から、一定ではない。

体中の細胞は数年でほとんど全て
入れ替わる、ということを
聞いたことがあるが、それが正しいとすると、

数年前の私と今の私は肉体面でいうと、
完全に別人というわけだ。

しかしながら、同じ顔、
同じ骨格、同じ体型、同じ瞳をしている。

細胞が入れ替わっても、以前の細胞と
同様の形を作る、ということだ。

この辺のカラクリも興味深い。

何か魂のようなものがあって、

「あ、新しい細胞さん、このように
細胞分裂を繰り返していって、こうなってね。」

と指示を出しているのだろうか?

それとも細胞自体に形状記憶合金のように、
以前の形を記憶するメカニズムがあるのだろうか?

もし、魂が指示を出しているのだとしたら、
その指示をちょっと変えれば、私も
ブラッド・ピットみたいにイケメンになれるのだろうか?

それならかなり嬉しい。

こういう事を考えてみると
不思議で、夜も眠れなくなる。

更に興味深い仮説も考えられる。

細胞が入れ替わっても、
同じ顔、骨格、体型、筋肉を
している、と説明したが、

これも実は間違っているかもしれない。

細胞が入れ替わる毎に、
微妙にちょっとづつ、
私達が私だと思っている身体とは、

別のものに気が付かないウチに
変化させられているのかも、しれない。

老化もこれで説明できるかもしれない。
また、この辺を踏み込んでいけば、
老化のスピードを極端に送らせ、
不老不死への道が開けるかもしれない。

いろいろと書いてきたが、
本当に私が疑問に思っているのは、
実は身体ではない。

心だ。

心が、私達の心が、

実は”ひとりだけのもの”
ではないのではないか、

と最近私は思っている。

自分の中に誰か他の「存在」がいて、
それが私達の心、自我に影響を与えて、
それでひとつの「私の心」というものを
構成しているのではないか、と思っている。

そしてその存在は、年老いた細胞が
若い細胞に入れ替わるように、

大体3年くらいで、
別の存在に入れ替わるのではと思っている。

そしてその「存在」の送り主はおそらく、
地球。あるいは宇宙。あるいは自然。

そんなものを送る理由は、
彼ら(宇宙)が、何かを成し遂げたいからだと思う。

3年毎くらいに存在を変換させるのは、
私達をその目的に沿ったように行動させたい
からではないか?と思う。

変なクレイジーな考えだというのは
重々承知している。

こんな妙な事を考えてばかりいないで、
真面目にコツコツ日々の仕事をこなすほうが
大事だということも痛いほど分かっている。

でも、なんとなく直感で感じるのだ。

オレの中にいる、誰か。
そしてそれは3年くらいの期間限定。

考えてみると、3年くらい前は、
別のもうちょっと違う性格の
「ヤツ」がいた気がする。

今横にいるのは、少しだけ穏やかで、
優しい男、、、が、気を抜くと
一閃のもとに斬り伏せられる、、
そんな容赦の無さも持ち合わせている人物。

そしてそいつはもう来年くらいには、
いなくなる、そんな気がする。

私の中に存在する、変わる存在。

不連続存在。

忌避してはならない。

力を借りるといい。

これは宇宙からのメッセージ。

神様からの忠告だ。

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