有名な逸話がある。
一休さんだったか、
仏教か何かの宗教伝だったか、
出典は忘れてしまったが、
端と端を通ると、中庸が分かる、
という話がある。
両極端を通ってみないと、
「ちょうど良い塩梅」が
わからない、という例えだ。
実は私はこの話がかなり好きだ。
要するに、極端に生きるのが
好きなのである。
極端に大食いをしてみたり、
極端に絶食してみたり、
極端に世界中をバッグひとつで
歩いてみたり、極端に
家の中に引きこもって、
ひたすら読書、勉強に没頭したり。
やたらめったら女の子にちょっかいを
出して、遊び歩いていたと思ったら、
修行僧のように真面目な顔をして
仕事をテキパキガンガン終わらせたり。
とにかく理詰めでガミガミと人に
理屈たてて感情論一切抜きで
モラルもゼロで説教した次の日に、
彼女や友人に辛い、寂しい、コワイ、
とやたらと感情的な事を言って
ひたすら泣いたり、
よしよししてもらったり、
慰めてもらったりする。
まるで二重人格者のような、
そんな奇妙な行動のウラには、
この一休さんだったかなんかの
「教え」があるのだ。おそらく。
両極端を実践してみることで、
真ん中が分かる。
ちょうどいいバランスが分かるのだ。
だからいつも自分の中で、
偏っている部分を探している。
ずっと都会に住んでいて、
「田舎暮らしなんて考えられない!」
と数年前の自分は思っていたので
去年、この埼玉の田舎に移住してきた。
日本の学校教育がキライで、
自分の子どもは日本の公教育を
受けさせたくない、と感じていたので、
逆に、教育実習に行って教員免許をとった。
オレはSキャラで人に優しくするのが
どこかむず痒く、自分らしくなく、
なんとなく気持ち悪い感じがする、
と感じていることに最近気がついたので、
最近他人には慰めの言葉をかけたり、
(昔から考えるとありえない)
旅行のお土産をあげたり、
(荷物になるから昔は絶対買わなかった)
人の悩み相談に乗ってあげたりと
(自己責任、というのが口癖だった)
妙に優しくするようにしている。
変な感じだが、これはいい。
両極端、それぞれのいい面、
悪い面が分かるのだ。
それで、人間関係で言うと、
厳しくしたほうが良い時、
優しくしたほうが良い時、
がよく分かる。
自己中心的に生きるのも大事だし、
自己犠牲精神も大事。
お互いをうまく使い分けできるようになる。
それで、更に自分が一段階
アップできるようになるのだ。
また、面白いことに、
大体自分に何か悩みがあったり、
問題があったりする時に、
その今、自分が、
「これはこうだろう」
と思っていることと、
真逆の価値観、人生観をもって、
それを演じて生きてみると、
その悩み、問題がいつの間にか
解決していることが多い。
その真逆の先に、答えが見つかるのだ。
これはかなり不思議なのだが、
実感としてある不思議な感触だ。
何か人生に悩みがあったり、
不安があったり、フラストレーションが
ある時、もしかすると、
あなたに必要なことは、
あなたの真逆にあるのかもしれない。
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